長崎市への原子爆弾投下 。もっとも重大なCBRNE災害の1つである。CBRNE (シーバーン)は、化学 (C hemical )・生物 (B iological )・放射性物質 (R adiological )・核 (N uclear )・爆発物 (E xplosive ) のアクロニム である[1] [2] 。これらによって発生した災害 をCBRNE災害 [3] と称する。主に民間防衛 の文脈において使われる言葉で、1990年代 以降のテロリズム 脅威に対して発生してきた総称としての概念である[4] [5] 。テロ のみならず、事故や災害についてもCBRNE事案として捉えられるようになっている[4] 。従来まで核 (AまたはN→Nuclear)・生物 (B)・化学 (C) の頭文字をとったABC と表記され次にNBC 、その次にNに換わって放射能(RadioActive)を意味するCBR で表記していたが、さらに放射線による破壊と核爆発による物を分けてCBRN (シーバーン)と呼称していたが、近年では先進国 を中心にさらに爆発物(Explosive)を加えたCBRNE [6] と表記するのが一般的となっている。
概要
CBRNEは、下記の5項目を意味する。
C: 化学 (Chemical )
有毒物質や化学兵器 による。工業災害(英語版 ) や化学テロなどが想定されている[4] 。
B: 生物 (Biological )
病原体や生物兵器 による、いわゆるバイオハザード である。人為的なものに限定されず、感染症 のパンデミック なども、CBRNE災害に準じて扱われる[4] 。
R: 放射性物質 (Radiological )
放射性物質や放射能兵器 (ダーティー・ボム )による原子力事故 などが想定されている[4] 。
N: 核 (Nuclear )
核兵器 を用いた核爆発 によるテロである[4] 。第三世界 や非国家主体による核テロリズム が想定されている。
E: 爆発物 (Explosive )
爆発物 (即席爆発装置 含む)によるテロ・災害である[4] 。また、上記の4種災害との複合的なテロ・災害も想定されている。各国では、CBRNE事案に対する方策を検討・実施しており、欧州連合 ではEU CBRN CoE (European Union Chemical Biological Radiological and Nuclear Risk Mitigation Centres of Excellence Initiative) を立ち上げているほか[7] 、世界健康安全保障イニシアティブ[8] においても、CBRNE対策が話し合われるなど、国際的な協力体制の構築が図られている。
対処要領
ゾーニング
CBRNE災害の対処、特に有毒物質等への対応については、現場および後方地域を3段階に区分すること(ゾーニング)が重要である[10] 。
ホット・ゾーン
環境に危険物が存在する区域。対処要員が危険物に直接接触する恐れが大きいことから、原因物質不明の場合、レベルA/Bの化学防護服 (PPE) の着用が求められる[10] 。医療行為は困難であるため、警察・消防および自衛隊の対処部隊により、脅威の除去および被災者の後送のみが行なわれる。
ウォーム・ゾーン
危険物は存在しないが、これに汚染された人または物が存在する(またその恐れがある)区域。対処要員が汚染に曝露される恐れがあることから、レベルC以上のPPEの着用が必要である。警察・消防・自衛隊の対処部隊のほか、訓練を受けた医師 ・看護師 ・救急救命士 による災害派遣医療チーム がトリアージ および応急処置 を実施する。
コールド・ゾーン
危険物やその汚染から隔離された区域。ウォーム・ゾーンとコールド・ゾーンのあいだには除染 措置が設けられていることから、コールド・ゾーンで行動する対処要員は、通常の病院と同様の標準予防策 (レベルD) を講じるのみで良い。後送されてきた被災者に本格的な医療を施す病院施設や後方支援 施設、また全対処要員を統括する指揮所が設営される。 これら3つのゾーンは、災害現場を中心として同心円状に設定される。各区域の大きさは、問題となっている危険物の種類や地形・地物・気象状況によって変化する。例えば毒性の強い揮発性物質が散布された場合、風速が2メートル毎秒 であれば、10分後には1.2キロメートル風下においても被害が生じうる。このことから、防災担当者はゾーン設定を慎重に行うことが求められる。
また、災害被災者を受け入れる医療機関においても、被災者を搬入する出入り口付近にウォーム・ゾーンを設定し、院内をコールド・ゾーンとするように除染措置を講じる必要がある。
ホット・ゾーンでの活動
災害発生直後においては、被災者をホット・ゾーンから退避させることが最優先とされる。人為的要因によるCBRNE災害の場合には、この際、救助隊を狙った2次攻撃の危険性を考慮する必要がある。また、核兵器および放射性兵器による災害の場合、放射線被曝 はPPEによっても完全には遮断できないことから、対処要員の被曝量に注意しておくことが重要である。
レベルA/BのPPE着用が必要であるため、警察や消防の専門部隊、自衛隊の化学科隊員など、専門の訓練を受けた要員のみが活動できる。また、静脈路確保 などの医療行為はほとんど不可能であるため、後送作業が主となる。ただし、神経ガス による重症者に対しては、応急的にアトロピン やPAM 剤の筋肉内注射 や、可能であれば気管挿管 が行なわれる。ただし気管挿管は、レベルA PPE着用時には困難である。
除染措置
被害の拡大を阻止するため、ウォーム・ゾーンとコールド・ゾーンの間で除染措置 (DECON ) を厳密に行うことが必要となる。除染を行う除染エリア は、現場 (ホット・ゾーン) を取り囲むウォーム・ゾーンの外縁部、および、被災者の治療を行う医療機関の進入口に設けられる。地下鉄サリン事件 で見られたように、都市型CBRNE災害においては、行動可能な被災者が個々に医療機関に向かうことが想定されるため、後者は特に重要である。
除染措置は、以下の段階を経てすすめられる。
ゲート・コントロール
除染エリアおよびコールド・ゾーンの秩序を守るためのものである。被災者とそれ以外(通常の患者や職員)を区別し、被災者に対して除染措置の必要性を説明して、除染前トリアージに誘導する。病院敷地外縁部と、病院建物の出入り口にそれぞれ設けられ、敷地外縁部のゲート・コントロール要員はレベルCのPPEを着用する。
除染前トリアージ (Pre DECON triage)
除染措置の要・不要を判別するためのものである。放射線検出器 によって放射能の有無を確認するほか、医師による判定が行なわれる。要員は、基本的にレベルCのPPEを着用する。
除染
危険物・汚染物を除去するためのものである。除染手段には下記の3種類がある。
乾的除染 (脱衣) 脱衣のみで75〜90%の危険化学物質が除去されるとも言われている。
水除染 (脱衣とシャワー) 温水、洗剤およびスポンジによって洗浄する。開放創を最優先とし、また洗眼も重要である。
拭き取り除染
また、患者の全身状態に応じて、除染を立位で行う場合と、臥位で行う場合がある。どのような手段・体位で除染を行うかは、除染前トリアージにおいて医師が決定する。
医療措置
除染措置を受けた被災者は、直ちに医療措置を受けることになる。ただし、除染措置によって汚染を完全に除去できるのは化学・放射性・核および通常兵器のみであり、生物兵器汚染の危険性が残っている場合、隔離 および防護措置を継続する必要がある。
除染後トリアージ (Post DECON triage)
被災者の重症度を判定するためのものである。基本的には、通常災害時のトリアージ (START法) と同様であるが、CBRNE災害の場合には社会死 要件を満たさない限り、死亡群に分類しないこととされている。これは、神経ガス など呼吸停止を誘発する薬剤に被災している場合、拮抗薬の投与によって劇的な状態改善が期待できるためである。
評価と診療
基本的には通常の災害医療 と同様であるが、CBRNE災害の原因となった危険物質に応じて対処・診療を行う。
プライマリ・サーベイ (PS) 通常のJATEC に基づく治療に加え、必要に応じて神経ガス拮抗薬(PAM、アトロピン剤)の投与を行う。
セカンダリ・サーベイ (SS) 危険物の推定を進めつつ、より詳細な検査・処置を行う。