SRB-A(エスアールビーエー)は宇宙開発事業団(現・宇宙航空研究開発機構)が開発し、IHIエアロスペースが製造する固体ロケットブースター (Solid Rocket Booster, SRB) である。H-IIAロケットやH-IIBロケット、及びイプシロンロケットの第1段に用いられる。
H-IIAロケットの開発にあたって、高い信頼性を持ち、H-IIロケットのSRBより高性能かつ低コストなSRBを目標として開発されたのがSRB-Aである[1]。これを達成するために炭素繊維強化プラスチック (CFRP) 製一体型モータケースを採用、また高圧燃焼の採用によって性能を落とさず全長を短縮することに成功した[1]。
初期型のSRB-A以降、204型用に開発されていたSRB-A2、H-IIAロケット6号機でのノズル破壊に起因する分離失敗を受けて推力と燃焼圧の低減等の対策を施したSRB-A改良型、ノズル全体の設計から抜本的な改善を行い能力を初期型とほぼ同等まで回復させたSRB-A3と、多くの改良型が開発され、最大動圧や信頼性が改善されている。(型式別の詳細は後述)
初飛翔した2001年時点で、SRBとしてはスペースシャトルのSRB、アリアン5用のP238に次いで世界で3番目に大きいSRBである[2]。ただし、SRBでは無いメインのロケットモータには、M-VロケットのM-14モータ、ヴェガロケットのP80モータ、インドのPSLVのS-138モータ等、SRB-Aより大きい固体ロケットモータ (SRM) は幾つか存在する。
H-IIAロケットと共に運用終了し、後続のH3ロケットのSRBには同規模のSRB-3が開発されている。イプシロンロケットの第1段もイプシロンSからSRB-3に変更される。
主にノーズコーン、前部アダプタ、モータケース、後部アダプタ、結合構造部からなる[1]。H-IIAロケットやH-IIBロケットの場合は前後4ヶ所のヨーブレスと2本のスラストストラットを用いて第1段コア機体から吊り下げるストラップ・オン方式で固定される[1]。イプシロンロケットの場合にはノーズコーンは用いられず、前部アダプタの代わりに段間接手、後部アダプタの代わりにSMSJによってロール制御能力を持つ後部筒が取り付けられる。
モータは全長9,582mm(初期型)で直径2.5 mの円筒型モータである[1]。主に推進薬量やグレイン形状の違いによる燃焼パターンの差異から高圧型モータと長秒時型モータの2種類に大別される。高圧型モータは平均燃焼圧力が高く、燃焼時間が約100秒と短い。長秒時型モータは高圧型モータに比べて平均燃焼圧力が低く、燃焼時間が120秒前後と長い。型式別で見ると、SRB-Aは高圧型、SRB-A2とSRB-A改良型は長秒時型であり、SRB-A3には高圧型と長秒時型の2種類がある。(詳細は後述)
H-IIAロケットの202・2022・2024・212型やJ-Iロケット2号機には高圧型モータが使用され、H-IIAロケットの202・204型やH-IIBロケット、イプシロンロケットには長秒時型モータが用いられる。ただしSRB-A改良型を使用していた間は、2022・2024型でも安定性が高い長秒時型モータを使用していた。SRB-A3では、202型など2本1組で使用する場合に、必要な打上げ能力に応じて2種類のモータから適切な方を選択して使用している。202型で長秒時型モータを装着した場合には、重力損失が大きくなり、ペイロードはGTO換算でおよそ300 kg少なくなる。一方、204型やH-IIBといったSRB-Aを4本1組で使用する場合には、コア機体の加速度制限等により長秒時燃焼モータを使用する[3]。
組成 | |
---|---|
HTPB | 14 % |
AP | 68 % |
Al | 18 % |
Fe2O3 | 0.1 %(外割) |
特性 | |
断熱火炎温度 | 3,368 K |
平均分子量 | 27.86 g/mol |
平均比熱比 | 1.175 |
燃焼速度(@8.9MPa) | 8.7 mm/s |
n指数 | 0.3 |
密度(@20℃) | 1.77 g/cm3 |
ノーズコーンはハンドレイアップ一体成形のCFRP製であり、先端部はノーズフェアリングと同様に半径750 mm半頂角18度である。全長は2,203mm(初期型)[1]。
前部アダプタは全長1,225 mm・直径2.5 mで円筒形状[1]のアルミセミモノコック構造である。ヨー方向の荷重を伝達する2本の前方ヨーブレスや、ピッチ方向の荷重を伝達する前方ピッチガイド、SRB-Aの推力を伝達する2本のスラストストラット、圧力センサが納められている。また、SRB-A改良型以降は電力系機器や指令破壊系機器もこれに加わっている。
後部アダプタは全長0.7 m・直径2.5 mで円筒形状[1]のアルミセミモノコック構造である。熱電池や電動アクチュエーター、高電圧インバーター等、ピッチ・ヨー制御用のノズル駆動機器が納められている。初期型のSRB-Aでは電力系機器や指令破壊系機器もここに納められていた。
結合構造部は部分円筒形状のアルミセミモノコック構造であり、後部アダプタに取り付けられる。分離モータやヨー方向の荷重を伝達する2本の後方ヨーブレス、ピッチ方向の荷重を伝達する後方ピッチガイドが結合されている。
SRB-Aの初期型である。モータは高圧型モータで燃焼時間は約100秒、ノズル形状はH-IIロケットのSRBと同じコニカルノズル。開発時には3回の実機大モータ試験が予定された。1998年7月に行われた原型モータ試験 (EM)、1999年3月に行われたプロトタイプモータ試験 (PM) に続いて、1999年8月に行われた第1回認定型モータ試験 (QM) において過大なエロージョンが確認されたことで地上燃焼試験をさらに2回追加した[1][8]。2000年6月に行われたQM2では、CFRPをH-IIロケットで用いられた実績品に変更し、かつ形状を分割方式から一体方式へと変える対策を行った[1]。しかし、燃焼終了時にスロートインサートが脱落する問題が発生し、エロージョンも前回に引き続き起きた[1]。2000年10月に行われたQM3では、スロートインサート接合部にテーパ角を付与すると共に、熱膨張によるノズル開口部との干渉を避けるためにスロート後方の隙間を拡大する対策を行ったが[9][1]、今度は局所エロージョンが発生した[1]。対策として、ノズル開口部の板厚を増して、外周部にCFRP製のアウターパネルを取り付け補強した[1]。これらの対策によって実用に耐えうると判断され、ひとまずの開発は完了し、H-IIAロケット1号機から5号機まで問題なく飛翔した。しかし、6号機において飛翔中にノズルが破孔、燃焼ガスが漏洩したことが原因でコア機体からの分離に失敗したため、SRB-A改良型の開発が行われることになった。
H-IIA204型の開発にあたり最大動圧を抑制し、衛星の負担を減らす目的で開発されたのがSRB-A2である。ノズル出口径を拡大、モータ前方の推進薬を数%増し、その分後方の推進薬を減らすことで、推力レベルを従来のSRB-Aの70%に抑え、長時間(約120秒)燃焼する推力パターンを持つ。また、ノズル形状をコニカル型からベル型へと変更することで、SRB-A開発中に問題となった局所エロージョンを分散半減し[10]、信頼性を向上させる設計であった。
2003年4月15日にプロトタイプモデルの地上燃焼試験を終え、同12月の認定型試験を残すのみであったが、11月にH-IIAロケット6号機でSRB-Aの分離失敗が発生、その後の事故調査結果によって別途SRB-Aの改良が行われることになり、SRB-A2の開発はSRB-A改良型の開発へと統合された。
H-IIAロケット6号機においてSRB-Aの分離に失敗し、事故調査結果によってノズルの信頼性向上が要求されたことから開発されたもので、基本設計はSRB-A2を踏襲している。H-IIAロケット7号機から13号機まで使用された。
モータは、平均燃焼圧をSRB-Aの8割まで下げ燃焼時間をSRB-Aの1.2倍(約120秒)に延長する推力パターンを持つ、安全性に余裕を持たせた長秒時型モータに変更された。ノズル形状については、熱負荷が高く局所エロージョンを増大させてしまう欠点を持つコニカル型ノズルから、熱負荷の小さいベル型ノズルへと変更された。また、外側の金属ホルダーを鉄製ホルダにし[11]、スロートインサートの範囲を後方へ拡大することで継目の熱負荷を低減させ、CFRP製ライナアフトを2重にし板厚を増すことで安全性に余裕を持たせている[12]。
6号機の分離失敗の直接的原因として、漏洩した燃焼ガスが前部ヨーブレス分離機構作動用の導爆線を焼き切ってしまったことが挙げられており、これに対応して搭載機器の再配置も行われた。後部アダプタに搭載されていた電力系機器や指令破壊系機器は前部アダプタへと移動され、2系統ある分離機構の内1系統は新しく設けられたサブトンネルを通して配線されている[12]。
なお、H-IIAロケット7号機では、通常のSRB-A改良型より燃焼時間を長くとることで安全性に余裕を持たせたモーターが用いられた。
SRB-A3は、SRB-A改良型の使用によって減少した打ち上げ能力を初期型SRB-A使用時のレベルまで回復した上、より高い信頼性を獲得するために開発されたものである。H-IIAロケット14号機から使用されている。燃焼パターンの違いから高圧型(燃焼時間約100秒)と長秒時型(約120秒)の2種類がある。モータケース内面の断熱材の厚さの共通化や、結合構造部分の再設計によるSRB-A側結合部分の共通化といった、高圧型と長秒時型における仕様の共通化が行われており、打ち上げ計画変更への柔軟な対応が可能になったほか、同一仕様での継続生産による安定供給性の確保や不具合発生リスクの低減を実現している[3]。
SRB-A改良型において8割まで下げられていた平均燃焼圧は初期型と同等まで回復され、外側の金属ホルダーをアルミ製ホルダに、断熱材ライナの1重化[11]、スロートインサートの前方へ拡大などの設計変更が行われた。ノズルについては、局所エロージョンの発生メカニズム解明と極力排除を目的として、宇宙科学研究本部 (ISAS) の協力のもと[13]、ITE (Integral Throat Entrance) 方式のノズルを採用した[14]。ITE方式ノズルは高圧燃焼対応ノズルとして開発されたものであり、M-Vロケット5号機以降で使用されたM-25モータにおいて初めて採用されたものである。 H-IIAロケット14号機では、SRB-A3の基本構造を適用しつつも(改良型と同様に)ノズルの断熱材のCFRP製ライナアフトを2重にし、板厚を増厚することで安全性に余裕を持たせた高圧型モータが用いられた。しかし、ノズル構造部に予測より100度程度温度の高い部位が発生した。その後の解析の結果、断熱材を増厚した14号機用SRB-A3ノズル特有の構造が原因であるとされ、以降の15号機から17号機とH-IIB試験機で使用される長秒時型SRB-A3では、ライナアフトを1重[11]にし断熱材を薄くすることから問題がないものとされた。しかし、高圧型SRB-A3への適用評価を行ったところ、長秒時型よりも高い負荷がかかることが明かになったため、ノズル断熱材から発生する分解ガスがノズル内部に留まらないようにする改良を施した上、2009年11月11日の地上燃焼試験による検証を行った。この試験によって信頼性が確認されたため、初期型SRB-Aと同等の能力をもつ高圧型SRB-A3を18号機のみちびきの打ち上げから適用することが可能になった[15]。
型式 | SRB[1] (参考) |
SRB-A[1] | SRB-A2 | SRB-A改良型 (H-IIA F7) |
SRB-A改良型 | SRB-A3 (H-IIA F14) |
SRB-A3 (H-IIA F15, F17) |
SRB-A3 (H-IIB) |
SRB-A3 (H-IIA F18) |
SRB-A3 (H-IIA F21) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
全長 | 23.4 m | 15.2 m (15.172m[1]) |
- | 15.1 m | ||||||
代表径 | 1.8 m | 2.5 m | ||||||||
全備質量 | 70.4 t | 76.4 t | - | 77 t | 75.5 t | 76.6 t | 75.5 t | 76.5 t | ||
モータ質量 | 68.8 t | 71.1 t | - | |||||||
推進薬質量 | 59.2 t | 65.0 t | - | 66 t | 65 t | 66 t | 64.9 t | 66 t | ||
真空中最大推力 | 1,760 kN | 2,260 kN | 2,110 kN[16] | 2,245 kN | 2,285 kN | 2,445 kN | 2,262.5 kN | 2,305 kN | 2,500.5 kN | 2,305 kN |
真空中平均推力 | 1,690 kN | 1,780 kN | - | |||||||
最大作動圧力 | 5.59 MPa | 11.8 MPa | - | 11.1 MPa | 11.8 MPa | - | ||||
燃焼時間 | 94 s | 100 s | 114 s | 128 s | 120 s | 100 s | 120 s | 114 s | 100 s | 120 s |
真空中比推力 | 273 s | 280 s | - | 280 s | 281 s | 282 s | 283.6 s | |||
制御方式 | 油圧MNTVC | 電動MNTVC |